【家族葬】いいお葬式

yuuhi

いいお葬式って人それぞれですよね。

宗教にならって厳粛にお見送りをする。

音楽や洋花を飾っておしゃれなお葬式をしたり。

故人の遺品や思い出の品を飾ったり。

自由気ままな故人なら少しユーモアを取り入れたお葬式にしてみたり。

 

「良いお葬式だったなぁ」

は本当に人それぞれです。

 

私が携わったご葬家もほぼ100%「ありがとう。いいお葬式でした」と言って頂けます。

いや、これは自慢でもなんでもなくて、そういうものなんです。

逆に、言われない時は問題があるのかもしれません。

そういっても過言ではありません。

なので「ありがとう」と言われるのは「最低限」だと私は考えています。

 

だから本当に良かったのか、そうでもないのかは、感じるしかありません。

 

おそらくお礼を言って頂いているからには、ある程度は満足いただけているのだとは思います。

でも、もしかしたらそこには「もっといいお葬式があったかもしれない。」

そういう風に考えるようにしています。

 

お葬儀の良い悪いは人それぞれ。

私も葬儀担当者として色んな葬儀を経験しています。

 

「故人の人柄でたくさんの参列者が悲しみの列を作る…」

 

いいお葬式です。

 

故人が自由な人だったから形式に囚われない無宗教葬で送る。

 

これもきっといいお葬式です。

 

こんな風に大きな葬儀から小さな葬儀までたくさんの葬儀を担当して

「良いお葬式だったな」と思う事はたくさんあります。

 

そんな中で、相当、昔の事ですが私が忘れられない、私の中で一番と思っている葬儀があります。

それは、華美で豪華な大型葬や生演奏を用いた音楽葬でもなく、

その葬儀は「生活保護」を受けているご家族の葬儀です。

 

故人は36歳の男性で俗に言うイケメンです。

お母さんと二人暮らしだったのですが、お母さんは下半身不随。

故人もうつ病のうえ重い病気を抱えていて外に出られない生活を長年続けていたそうです。

そんなわけで働けず、「生活保護」を受けていたのですが、二人で助け合いながらなんとか暮らしていたそうです。

故人には妹様もいてそんな二人を心配してちょくちょく様子を見に来ていたそうです。

 

故人が生きていたある朝、見るからに体調を崩してとても辛そうだったそうです。

お母さんが出かけなければいけない用事があったため妹様が迎えに来ていました。

「お兄ちゃん、大丈夫?」と聞くと「大丈夫」と答えたのでそのまま外出しました。

帰って来た時には亡くなっていました…

突然の死でした。

お二人はとても後悔していました。

故人を迎えに行ったのが私でした。

お若い方が亡くなるのはいつも以上に辛い気持ちになります。

故人の気持ちや人生、遺族の気持ちを考えるといたたまれない思いにおそわれるからです。

それでも葬儀の打合せはしなければなりません。

打合せの時、お二人の後悔、無念な気持ちがとても伝わってきました。

それに故人は亡くなる前、元気になった時の事を思い希望に溢れていた、そんな話を伺うと、私の気持ちもどっぷりと遺族に入ってしまいました。

ただ、葬儀のお話では、「私たちは生活保護だから」という雰囲気がでていました。

でもその裏には「何かしてあげたい!」そんなお気持ちも感じられたのです。

 

「やりましょうよ。お葬式。」

本当はダメなんです。

生活保護で葬儀を行う場合は火葬のみと決まっています。

なので、当時勤めていた会社に頼み込んでなんとかホールを貸してもらいました。

 

そうしてお葬式をする事になったんです。

 

お金を頂けないので、豪華な祭壇や花は飾れません。

テーブルに遺影写真と俗名の位牌、それと手先の器用だった故人が作った置物と思い出の写真と衣類を並べただけの祭壇。

お坊様も来ません。

「何をするんですか?」と聞かれ

「お手紙を書いて読んでもらえませんか?それと故人との思い出の曲と好きだった曲を教えて下さい」

そう伝えました。

 

そうやって迎えた通夜当日。

集まった親族は全員で15人ほど。

 

お葬式の時間は約40分。

 

私のナレーションとCDによる音楽で間(ま)を作りながら進行していきました。

そして、式の途中でお母さんと娘さんの手紙を読んで頂きました。

この手紙が本当に「気持ちのこもったいいお手紙」でした。

葬儀屋が何も準備しなくてもこの「手紙」さえあればよかったんだと思えるぐらいいいお手紙でした。

 

その手紙が読まれると文章の中の思い出の光景が目の前に広がって、気が付くと涙が流れていました。

振り返ると手伝ってくれているスタッフたちも泣いていました。

普段、お葬式にかかわっていると涙に強くなるものです、ウルっとする事はあってもこぼれる事はまずありません。

でも一筋に流れていました。

 

その手紙で式場にいる全ての人が一つになった。

 

そう感じられました。

 

こうして通夜が終わり、当然食事だってないのですが、帰り際、二人の親族から「明日は私が手紙を書いてくるので読ませてください」と申し出がありました。

次の日に読んで頂いたその手紙の内容は、故人と小さい時によく遊んだお話や故人に恋をしていたんだよという内容のお手紙でした。

 

祭壇も飾りも全然ないし、参列者もごく少数でしたが、参列した全ての方が同じ思いを持って、気持ちを込める事でこんなに「いいお葬式」だなと思えることをその時に学んだ気がします。

 

葬儀屋の「腕」より何より遺族の気持ちが「いいお葬式」にするんだということを。

 

今では、その時の気持ちを忘れないように、遺族の気持ちがなるだけ素直にでてこれるように、「場」や「間(ま)」を作ることを大切にしてお手伝いをさせて頂いています。

ご家族が安心して葬儀に集中できるように葬儀を整えさせていただきます。

 

 

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